マンスリーコラム
認知言語学とカウンセリング
1.カウンセリングの研究
私の研究対象は、「職業相談」、「就業支援」、「キャリア・コンサルティング」、「キャリア・カウンセリング」と様々な呼ばれ方をされる。それらの共通点は、<ことば>と<ことば>のやりとりを基盤とするカウンセリングである。
私はカウンセラーではない。研究対象であるカウンセリングの外にいて、その対象と向き合う。しかし、自然科学の研究のように、自分自身と研究対象を完全に切り離せるものではない。だから、私との関わりを考慮せず、カウンセリングを研究することはできない。
しかし、研究者として、この分野に臨むとすれば、一切のイデオロギーとファンタジーを、研究の対象であるカウンセリングの外に置く。そうやって、私は、生身のカウンセラーと生身のクライエントが、<ことば>と<ことば>を交わす相互作用を研究する。
<ことば>の背景に<こころ>があるとするなら、私のカウンセリング研究は、コミュニケーションの本質を問う。
<こころ>と<こころ>は、本当にふれあい、響き合うのだろうか? <こころ>と<こころ>が響きあうとするなら、どのように<こころ>は共鳴し合うのだろうか?
2.<ことば>と<こころ>
カウンセリングに関わるイデオロギーやファンタジーとは、人間の<こころ>、その<こころ>のふれあいからなる人間社会への理想である。それは実証性の難しい観念として存在する。研究対象であるカウンセリングの外に、これらの観念を置くと、カウンセラーとクライエントの間で交わされる<ことば>が残る。その<ことば>から、<こころ>そのものの働きを捉える。その際、私は認知言語学の考え方や手法が有効であると考える。この分野の第1人者である池上の言葉を借りて説明する。
<ことば>というものが<ひと>によって使われる以上 ― ちょうど、<ひと>によって使われる<道具>なら
すべて<ひと>がそれに対し想定する<用途>に適うような<すがた>をとるのが当然であるのと同じように ―
<ことば>もその<すがた>には、それを使うあらゆる思惑(あるいは<こころ>の働き)の刻印が認められる
はずだと考える(池上,2011,p.317)。
たとえば、次の2つの文は同じ事態を説明している。しかし、<ことば>の<すがた>は違う。
①John broke the window. 'ジョンが窓を割った'
②The window was broken by John. '窓がジョンに割られた'
(大堀,2002,p.163)
①は能動態であり、②は受動態である。<ことば>の<すがた>の違いから、<こころ>の働きの違いが理解できる。
①は、ジョンの意思や能動性を含んだ動作に焦点を当てている。②は、窓が変化した状態に焦点を当てている。①と②では、事態を把握する話し手の視点、つまり<こころ>の働き方が違う。
<こころ>と<ことば>は、どのような関係にあるのだろうか?池上(2009)は、話し手が、ある事態を<ことば>にする過程を次のように説明している。
話者は自らが言語化したいと思う<事態>について、そこに含まれるあらゆるモノ/コトを言語化しよう、
とするものではないし、また、(人間の知覚に限界のあることを考えれば)そのようなことはそもそも不可能である。
しかし、仮に人間にとって知覚可能なモノ/コトについて、という限定を加えた形ででも、言語化されるモノ/コト
と言語化されないモノ/コトという差異化が実践されることには変わりない(池上, 2009, p.64)
話し手は、ある事態を<ことば>にする際、<ことば>にされるモノ/コトと<ことば>にされないモノ/コトに差異化し、何を表現するか選択的に決めている。ここに<こころ>の働きが関与している。この<こころ>の働きが、<ことば>の<すがた>として表出されることは言うまでもない
言語化するに値するという評価のもとに差異化されたモノ/コト(WHAT)については、それらをいかに(HOW)
提示するかという観点からさらなる認知的な処理が必要である(同上)
上述した①と②の例で見られるように、同じ事態であっても、話し手が、どこに視座を据えて捉えるのかによって、<ことば>の<すがた>は変わる。ここにも<こころ>の働きが関与している。
3.認知言語学からカウンセリング研究へのアプローチ
<ことば>の<すがた>が<こころ>の働きの刻印であるとするならば、カウンセラーとクライエントの<ことば>のやりとりのうち、クライエントの<ことば>の<すがた>の変化を追えば、クライエントの<こころ>の変化を追うことができる。その変化がカウンセリングの効果である。
その一方で、クライエントの<こころ>の変化に並行して、カウンセラーの<ことば>の<すがた>を捉えると、クライエントの<こころ>に働きかける<ことば>、つまりカウンセリング技法を把握することができる。
クライエントと同様、カウンセラーの<ことば>の<すがた>の変化からも、<こころ>の変化を追うことができる。その変化から、カウンセリング技法を活用するタイミングなどの判断を含むカウンセラーの<こころ>を理解することができる。
このように考えれば、カウンセリングにおける<ことば>の<すがた>を追うことにより、カウンセラーとクライエント両者の<こころ>が、どのようにして影響し合うか理解できるはずである。それは、人と人が、<ことば>を介して、<こころ>がふれあう過程を理解することに通ずる。
【引用文献】
池上嘉彦(2009) 認知言語学におけるく事態把握 言語 10月号 pp.62-70.
池上嘉彦(2011) 日本話者における<好まれる言い回し>としての<主観的把握>
人工知能学会誌 26(4) pp.317-322.
大堀壽夫(2002) 認知言語学 東京大学出版会 東京.
コラムの感想等はこちらまで(協議会 編集担当)
キャリアコンサルタントのさまざまな活動を応援します!「ACCN」のご案内はこちら