キャリアコンサルティング協議会は国家資格「キャリアコンサルタント」の試験機関および指定登録機関と、国家検定「1級・2級キャリアコンサルティング技能検定」の指定試験機関です。

マンスリーコラム

2015年7月号

キャリア・コンサルタントの「ゴールキーパー理論」

最近、私は、キャリア・コンサルタントの役割を説明する際に、「ゴールキーパー」のたとえを用いることが多い。特に、この比喩を使うのは、企業なり大学なり就労支援機関なり、ともかく何らかの機関・仕組み・システムの中で働くキャリア・コンサルタントを説明する時だ。

キャリア・コンサルタントが果たす役割を最も抽象的に説明するとすれば、それはシステムから漏れ出てきた問題に対する対処である。

例えば、企業で働くキャリア・コンサルタントは、なぜ個別に従業員の相談に乗らなければならなくなるのか。それは、企業内にある各種のキャリア形成支援制度をはじめ、通常の人事労務管理のシステムの中では問題を解決しえなかったからである。仮に、従業員が社内の制度を使って自分が抱える問題を解決できたのであれば、必ずしも綿密な個別の相談を求めはしない。何らかの制度なり、仕組みなり、システムなりがうまく機能しなかったからこそ、クライエントは相談室を訪れる。つまり、キャリア・コンサルタントの提供する個別キャリア支援とは、サッカーで言うところの守備の布陣が機能せず、守りきれず、結果的にゴールキーパーのところまでボールがやってきた状況と似ているのである。システムと、そこから漏れ出した問題と、それに1対1で対峙し、最後の砦として直面しなければならない様子が、キャリア・コンサルタントが果たす機能ととても良く似ていると、私には思えるのである。

キャリア・コンサルタントをゴールキーパーの比喩で見ていくことで気がつくことは、たくさんある。ここでは3つのポイントに整理して述べたい。

第一に、ゴールキーパーにボールがたくさん届く状況は、システムに問題がある状況だということである。システムが機能せず、各種の制度や仕組みでは解決できなかった問題が多いほど、ゴールキーパーのもとにやってくるボールは多くなる。それを見事にキャッチしたり、防いだりすれば、ゴールキーパーは大活躍しているように見える。しかし、実際には、それは、ゴールキーパーに至るまでの守備のシステムがうまく作動せず、クライエントが問題を抱えたままどんどんキャリア・コンサルタントを訪れている状態である。ボールが何度もゴールキーパーに蹴り付けられる状況では、いつかは決定的な瞬間を迎えることとなり、ボールはゲームの外側に出てしまうこととなる。本来、1対1の状況に多くの問題が持ち込まれ出したと感じたら、どこかシステムを改善すべきだというサインなのだと言えるであろう。

第二に、ただし、ゴールキーパーの比喩からいけば、制度・仕組み・システムの側だけで何とかなると考えるのもおかしいということが分かる。人によっては、キャリア・コンサルティングのような相談の役割や機能に納得せず、黙って話を聞いてそれでどうなるのかと考える人もいる。しかし、この考え方は、守備の布陣さえ整えば、ゴールキーパーなど要らないと言っているのと同じである。現在の社会経済状況では、突発的な事態、予測不能な事態が常に生じ、かつ、そこから発生する問題は多種多様である。そのため、あらゆる問題を読み込んだ形のキャリア支援のシステムを作ることは不可能である。また、仮に可能であったとしても多大なコストとリソースを要する。むしろ、システムに遊びを持たせて個別キャリア支援の担当者を準備する方が、全体としてずっと効率的かつ効果的になりやすい。

第三に、以上の話の流れから、守備のシステムだけでもゴールキーパーだけでもうまく行かず、システムとゴールキーパーは連動しなければならないという発想が自然に出てくる。制度や仕組み、システムの話をしたい人は、とかくその話だけになる。一方、キャリア・コンサルティングに関心を持つ人は、相談室内のクライエントとの1対1の相談だけに関心を向けがちになる。しかし、ゴールキーパー抜きで守備のシステムを論じることもできなければ、守備のシステムに関心を払わずゴールキーパーだけで何かができると思うのも間違っている。このシステムとゴールキーパーの連携・連動のイメージも、やはり本物のサッカーから得られると思う。実際、企業内のキャリア・コンサルティングがうまく機能している会社は、そもそもキャリア研修やキャリア形成関連の制度が整備されていることが多く、また常にその連動を目指している場合が多いのが普通である。

この「ゴールキーパー理論」を思いついてから、市販されている本物のゴールキーパーの専門書・指導書などをたくさん買い集めてみた。参考になった箇所が多々あったが、なかでも、ゴールキーパーとは、前線の守備の人間が聞いていようといなかろうと、常に声を出し、危険を指摘して、指示を出し続けるものなのだそうだ。つまり、ゴールキーパーであればこそ気がついたことを、常にシステムの側にフィードバックしているのだそうだ。これは、キャリア・コンサルティングで言うところのシステムへのフィードバック(アドボカシー)ということになるだろう。このようにシステム全体を後ろから見守ってくれる人が最後の砦として存在してという安心感は、このシステムへの声出しから来るものであろうと思う。

キャリア・コンサルティングの「ゴールキーパー理論」はいろいろな場面で話しているが、多くの人は面白がってくれて、さらに自分でもゴールキーパーのたとえを使っていろいろなことを話してくれることが多い。是非、全体の中で1対1で対応するポジションを任されているという意義について、また新たな視点から考えてみていただければと思う。

※なお、ここで述べたシステムとカウンセラーの相互作用・相乗効果は、2000年代の欧州キャリアガイダンス論を下敷きに述べたものです。実は、この秋、欧州のキャリアカウンセリング、キャリアガイダンスの専門家が一堂に会する国際学会が、茨城県のつくば市で開かれます。キャリア・コンサルティング協議会に参加している専門的な勉強をしている皆さんには、とても有意義な機会になると思います。是非、ご参加をご検討ください。

2015年IAEVG国際キャリア教育学会日本大会HP

下村 英雄(しもむら ひでお)

下村 英雄(しもむら ひでお)

労働政策研究・研修機構キャリア支援部門主任研究員。

1997年筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。
博士(心理学 筑波大学)。1997年より現職。
主編著に『成人キャリア発達とキャリアガイダンス-成人キャリア・コンサルティングの理論的・実践的・政策的基盤』(単著・労働政策研究・研修機構)
『キャリア・コンストラクションワークブック』、『詳解 大学生のキャリアガイダンス論』(共編著・金子書房)、『キャリア教育の心理学』(単著・東海教育研究所)など

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