キャリアコンサルティング協議会は国家資格「キャリアコンサルタント」の試験機関および指定登録機関と、国家検定「1級・2級キャリアコンサルティング技能検定」の指定試験機関です。

マンスリーコラム

2015年12月号

実存主義の視点から深めるキャリア支援

実存主義とは、過去を後悔せず未来を憂えずに、「今、ここ」での自由な生き方を優先する考え方である。将来が不確実で変動の激しい現代社会であるからこそ、実存主義はキャリアにおいて重要ではないだろうか。ここでは、実存主義的な視点で私なりにキャリアを捉えたうえで、あるべきキャリア支援について述べたいと思う。

1.キャリアが内包する2つの葛藤

学生やフリーターとキャリア相談を行っていると、ある特徴に気づく。若者は、自由でありたいと願うと同時に、その立場に不安を抱えているということである。自由を優先するフリーターなどの若者は、やりたいことだけをやっていきたい、就職するとしてもやりたい仕事をしたいという「やりたいこと志向」を持つ。しかし、20代後半ともなると、経済的にも社会的にも現状に対する不安が強まり、正社員を希望しはじめる。学生においても自由と不安の併存という点は類似しており、不安を感じるのが彼らより早いだけのことである。

哲学者のサルトルは「実存は本質に先立つ」といった。人は何かになるために生まれてきたのではなく、それ以前に人は存在しており自由であるという意味である。そして、自由であることは、自分が何者であるかというアイデンティティが確立されにくく不安を生み出すのである。若者の就職に対する心境はまさにこのことを示している。これは、ミドルやシニアの失業者・退職者にもみられる。職業生活からの解放により自由を謳歌できるにもかかわらず、役割の喪失は大きな不安を生じさせるのである。この不安を解消する方法は、社会的に是とされるあり方に規定されることである。組織に所属したり就職したりすることによって役割が与えられ、自己存在が決定されるからである。

しかし、就職したとしても平穏になるとは限らない。この会社では活躍の場がない、やりたいことをやらせてもらえないなど、組織や仕事に対する不満を持ちはじめる。組織や職業は、それにふさわしい人物像へと人を規定する存在である。しかし、一人ひとりは多様であり、組織や職業から規定されたとおりの人であるわけがない。これによって人は、「自由と規定されること」の間で葛藤が続くことになる。

つまり、実存主義的にみれば、キャリアには、未就職時における「自由と不安」と就職時における「自由と規定」の2つの葛藤が常に内包するものだといえる。

2.葛藤解消のための3つの支援

このような矛盾に対して、キャリアコンサルタントはどのように支援することができるだろうか?組織や職業に規定されながらも、「今、ここ」で自由に生きる方向性を見出すこと、そしてその際に生じる不安や葛藤を個人が耐えうる程度まで低減することが求められる。そのためには、次の3つの支援を提案したい。

① 自己を規定するものに意義を見出して、それを主体的に引き受ける。

組織や職業は本来、社会や他者に価値を提供するものであるから、自己が規定されることは誰かの役に立っているはずである。このことは自己に存在意義をもたらすことができる。仕事に意義を見出せれば、人は仕事を主体的に引き受けていけるであろう。したがって、誰に対してどのような役に立っているのかを改めて振り返り、仕事に意義を見出す支援が有効である。このような手法を、ポジティブ心理学ではジョブ・クラフティングと呼んでいる。

② 引き受けた仕事の中で自由選択を行う。

職業が人を規定したとしても、決して一挙手一投足までも規定するものではない。マニュアル通りの仕事を強いられても、その行動には個性が現れるし、どのような態度で行うかは本人の選択に任される。仕事の進め方には多少なりとも自由裁量部分が残されている。その部分はどこか、どのように工夫していくかを検討していくことは有益な支援である。精神科医のヴィクトール・フランクルは人が実現できる価値として態度価値(運命を受け止める態度によって実現される価値)を重視している。人はどんな状況であっても、それにどのような態度で臨むかによって価値を生み出すことができるという。人は、職業によって規定されたとしても、その中でどのような態度をとるかを自ら選択できる自由があるのである。

③ 他者も葛藤の中で生きている仲間であることを共感し、協働する。

人はみな、自由と不安、自由と規定との間で葛藤しながら生きている。たとえ嫌いな上司や同僚においてもこの事実があることに気づくことである。彼らがどんなことに喜び、苦しんでいるかを日常の観察から想像してもらうことによって、彼らを同じ仲間として見ることができる。そして、その仲間のために何ができるかを検討してもらうとよい。アドラー心理学では、他者を仲間と思えることを「共同体感覚」と呼び、このことが幸福感を向上させるとしている。

3.まとめ ~キャリアコンサルタントの哲学的視点の必要性~

実存主義的な視点で人と職業を捉えると、キャリアコンサルタントは、人の実存的なあり方と、人を規定する組織や職業との間を橋渡しする役割を持つことが見えてくる。さらに、キャリアを幸福に繋げるためには、個人への支援だけでなく、他者との関係についても検討させ、時にはその関係に介入する必要性も感じられてくる。そもそも人はなぜ存在し、何のために働くのかという哲学的視点をキャリアコンサルティングに導入することによって、より内的で本質的な問題を浮き彫りにするキャリア支援が可能になるのではないだろうか。

高橋 浩(たかはし ひろし)

高橋 浩(たかはし ひろし)

ユースキャリア研究所 代表
日本キャリア開発協会 顧問
日本産業カウンセリング学会 理事
一般社団法人ホワイトアイコロキアム 理事
法政大学 兼任講師、博士(心理学)
CDA(キャリア・デベロップメント・アドバイザー)

主な著書・論文
『社会人のための産業・組織心理学入門』 産業能率大学出版部(共著)
『社会構成主義キャリア・カウンセリングの理論と実践』 福村出版(共著)
『企業内キャリア・コンサルティングとその日本的特質―自由記述調査およびインタビュー調査結果―』 労働政策研究報告書 No.171(共著)

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