キャリアコンサルティング協議会は国家資格「キャリアコンサルタント」の試験機関および指定登録機関と、国家検定「1級・2級キャリアコンサルティング技能検定」の指定試験機関です。

マンスリーコラム

2016年1月号

キャリアの節目の上司の言葉

この欄の読者はキャリアカウンセリングの資格をお持ちだったり、勉強されている方が多いと思いますが、同時に会社では部下をお持ちの方も多いのではないでしょうか。今回は部下のキャリアの転機、異動を告げる際の上司の言葉から考えてみたいと思います。

企業の相談室にいても、配属、人事異動や評価にからむ不平不満は年度末のこれからの時期には多くなることでしょう。

キャリア・デザインの行き過ぎ?からか志望通りの配属でなかったから辞めたいという新入社員、不本意な異動先を告げられて組織への不信感を募らせる中堅社員、役職定年で待遇等の環境が激変しても受け入れざるを得ない苦渋のシニア社員など。キャリアの転機がメンタル不調の契機となるようなケースは、どの年代にもあります。このテーマはとても語りきれないので、今回はキャリアの節目のときの「上司の言葉」を考えてみたいと思います。それはメンタル不調の予防にとどまらず、モチベーションや生産性を保ち、キャリアの成長を可能にしていく重要な機能でもあります。

私を救った上司の言葉

私の体験から紹介しましょう。私はある出版社に大卒後20年勤めましたが、本気で辞めようと思ったことが少なくとも2回はありました。

一度目は30代前半のころです。雑誌編集者になりたかった念願がかなって、ある雑誌の編集部に出向していたころです。当時、競合誌から引き抜かれてきたスゴ腕編集長の下で、創刊した雑誌の売れ行きもNo1。私は自分で記事を書いたり、カメラマンと取材に飛び歩いたり、雑誌編集の仕事が面白くて、長時間残業も平気で毎日が充実していました。

ところが、数年後、突然、出向先の編集部から本体に呼び戻されることになったのです。その内示を伝えに本社から来た上司は、異動の経緯や理由の説明も一切なく内示だけを言い捨てて帰っていきました。気持ちがおさまらず飲み屋で荒れて、人事への怒りや愚痴をこぼし、その挙句「編集を続けられる会社に転職する!」と息巻く私に編集長はこう言ったのです。

「確かに今回の異動は君の本意ではないだろう。この会社では今、君は主流ではないかもしれない。転職したいならうちに転籍して来てもいい。でもあと10年したら、この会社も変わって君のような志向の社員も必要とされる時がきっと来るよ。」

主流じゃないのか!必要とされるのは10年も先なのか? などと疑問も浮かびつつも、何となくその時、この人の言葉を信じてもう少しやってみようかな、と思えたのです。この人だけは私のことをわかってくれている、という信頼感のせいだったかもしれません。

二度目はそれから数年後のこと。新たに配属された先の上司と折り合いが合わず、鬱々としていました。聞けば、この上司の下で、心の調子を崩した社員が他にも数人いたらしいのです。その上の部長も気づいていながら何も対応はとられていませんでした。当時、勤務を続けながら夜間の社会人大学院でカウンセリングや臨床心理学を学び始めた私は、「職場のメンタルヘルス」の問題の深刻さに敏感になっていました。考えた末、昔の上司で今は若くして取締役になっていた人に直訴しに行きました。

「こんなマネジメントやってたら社員がぼろぼろになっていきます!」 すると彼は即座に「そんなに問題意識がはっきりしてるなら、お前がその対策の仕事したらええやん」と言いました。はっとしました。

さっそく会社の現状を調べ、企業のメンタルヘルスの勉強をして提案書を書き、半年後、私はメンタルヘルス部門の担当者として人事部に異動しました。そこでうつ病などのメンタル不調で休職~復職する際の本人、家族、上司、主治医、産業医との連携・調整の仕事を経験しました。採用や異動、昇格の仕事のお手伝いもさせてもらいました。

結局、あのときの編集長から言われた10年はもたずに、41歳でこの会社を卒業してしまいましたが、今日あるのは、この2人の上司のお陰です。もしもあの時、あのまま勢いで辞めていたら、どうなっていたことでしょう。編集者としても人事マンとしても駆け出しで、中途半端な実績しかなかった私がその後、どんなキャリアをたどったのでしょうか。今考えると空恐ろしくさえあります。

未来への希望を与える言葉の力

2人とも切れ者といわれ、仕事には大変厳しい方でしたが、部下を見る目も確かでした。私の状況と性格を見抜いた上で、一番効く言葉を絶妙なタイミングで言ってくれました。それは、ひと言で言えば、「未来への希望」です。

部下に急な、不本意な異動を告げなくてはならない時、あなたはどんな言葉で部下に伝えていますか。組織が決めたことだからしょうがない面も確かにあります。しかし日頃から身近で仕事ぶり人となりを見ている上司だからこそ言える言葉があるはずです。これまでの経験や強みを新しい配属先でも活かせるようなヒントを示したり、組織のつけた評価について本人が受け入れられるように、現実を把握させつつ、それなりの希望が持てるような手がかりを与えるような言葉があるはずです。

米国産の「自律型キャリア」が掲げられて久しいのですが、昔の日本の会社には、キャリアカウンセラーはいなくても、会社人生の節目で、こうした上司と部下の「こころ」を尽くした交流が普通にあった気がするのです。もう20年も前のことです。

部下のひとりひとりを見て、適切な言葉をかけられる上司、そういう人材を評価し発掘できる人事、これらを望むのは「グローバル人材」時代には時代遅れなのでしょうか。

今の私の気持ちは、上司の代わりに節目の転機の意味を伝えられるキャリアカウンセラーになれたらいいな、と同時に、こんな上司を育てる組織も、それを手助けできるキャリアカウンセラーも必要なのかもしれないという思いです。

どうやったら育つのでしょうか。「転機における上司の言葉の意味」、こんなテーマでキャリア研究をするのも面白いかなと思ったりもします。

廣川 進(ひろかわ すすむ)

廣川 進(ひろかわ すすむ)

大正大学人間学部臨床心理学科教授

文学博士、臨床心理士、シニア産業カウンセラー、2級キャリア・コンサルティング技能士

出版社勤務の傍ら社会人大学院に通い、大正大学大学院修士課程(臨床心理学専攻)、同博士課程を修了。雑誌編集の後、人事部においてヘルスケア部門の立ち上げ等を経験。退社後、官公庁や企業で非常勤カウンセラーとして勤務。法政大学キャリアデザイン学部、早稲田大学創造理工学部で非常勤講師、海上保安庁惨事ストレス対策アドバイザー。日本産業カウンセリング学会副会長

著書
『成人発達臨床心理学 個と関係性からライフサイクルを観る』岡本祐子編 分担執筆ナカニシヤ出版
『失業のキャリアカウンセリング』単著 金剛出版

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