キャリアコンサルティング協議会は国家資格「キャリアコンサルタント」の試験機関および指定登録機関と、国家検定「1級・2級キャリアコンサルティング技能検定」の指定試験機関です。

マンスリーコラム

2022年2月号

コロナ禍の時代に必要なスキル「ネガティブ・ケイパビリティ」とは

ネガティブ・ケイパビリティという言葉を知ったのは、私自身がスーパービジョンを受けた時であった。初めて耳にした言葉であった。

私は企業内でのキャリアコンサルティング、その他相談を受けている。以前担当していたある事業所が残念ながら閉鎖をされることが決定された。従業員の方々の心情が揺れ動くのは想像できると思う。従業員への選択は、「転勤」「転籍」「転職」、どれをとっても簡単なものではない。もともと地元採用で、家を構えている従業員が殆どであり転勤は困難である方が多い。また転籍を選択した場合、転籍後は外資へ売却されると公表もされて、そのような不安定な今後に止めどもない不安、悲しみ、憤り、不信感、モチベーションの低下、今後のキャリアや雇用への不安、生活の不安、収入減のローン返済への不安、学費、介護など、抱えている課題は様々である。だからこそ、外資へ売却されるという先行きの雇用の不安を抱きながらも、地元で勤務という選択をするしかない従業員も多数いた。ただしその条件も二転三転。混乱は極まりない。そんな状況の中でのキャリアカウンセリング。キャリアコンサルタントとして私に何ができるのか?毎回、毎回自問自答を繰り返しながらのセッションが続いた。

誰かを支援する立場であれば、おそらく誰しも抱いているかもしれない、目の前の人の役に立ちたい欲求、そのために情報提供、意思決定支援、4S点検、認知のゆがみの修正など、様々なことを試みるがそのレベルではなかった。正直苦しかった。支援することの無力さを感じていた。目の前の相談者が元気になってくれること、笑顔になってくれることが私のカウンセリングの神髄であり、やりがいでもあった。毎回感じるキャリアコンサルタントとしての無力感、焦燥感。そんな時のスーパービジョンであった。

「ネガティブ・ケイパビリティを学びなさい」

ネガティブ・ケイパビリティとは答えのない事態に耐える力、急がず慌てず、その状況に耐えていく力。不確かさの中で、事態や状況を持ちこたえ、不思議さ、疑いの中にとどまる能力。

ネガティブ・ケイパビリティに反する言葉はポジティブ・ケイパビリティ。問題が生じた際に的確かつ迅速に対処する問題解決能力のことを言う。しかしポジティブ・ケイパビリティだけでは物事の表面しか捉えることができず、えてして表面的な表層的な問題のみで真の目的を取り逃してしまいかねないのだという。

そもそも私たち人間は、わけのわからないことや 手の下しようがない状況は不快であり、居心地が悪く、早々に解答を出したくなってしまう。クライエントの負の感情や曖昧模糊な状況に留まることができなくて、すぐに助言をしてしまうキャリアコンサルタントも少なくない。

しかし、世の中にはどうしようも変えられない、取りつくしまもない事柄もたくさんあることは事実であり、そんな中で、その場に踏ん張る力、クライエントとともにとどまる能力も必要なことであるのだというのである。

昨今の相談事例の中には、治療と仕事の両立の相談、被災者支援の相談業務なども増えており、相談者が重篤な状態であればあるほど、このネガティブ・ケイパビリティの能力が求められてくるのだと思うのである。ある精神科医は、終末期の患者に対して、拙速に理解の帳尻を合わせようとするのではなく、宙ぶらりんのどうしようもない状況を持ちこたえていく能力、目の前の相手と目を背けずに対峙していくことの重要性を訴える。それは患者一人で苦しむのは耐えられない、だれかその苦しみをわかってくれる存在がいてくれる、見てくれる人がいるだけで案外耐えられるものだという。これこそ目の前の相手と共にいる、相手のことをわかろうとする姿勢、在り方。相談者を理解しようとする「共感」なのであるのだと思う。誰かに自分の本当の思いをわかってもらえる、理解してもらえることで一歩踏み出せることもあるのである。

「共感」キャリアコンサルタントとして絶対的に必要なスキルであり「在り方」「姿勢」。

動物にも共感力が備わっているのだという実験の記事を読んだことがある。2匹のラットを別々のゲージに入れて、一方には溺死寸前までのストレスを与えて、もう一方はそれを見ている。あとでストレス性の胃潰瘍の有無を調べると、ストレスを課せられたラットには胃潰瘍が生じていたのは無論、ところが見ていただけのラットにも同様の病変がみられたのだという。

私たち人間も、もともと持っている共感という能力。しかしそれを深く強いものにしていくためには不断のトレーニングと努力が必要になる。この共感力を醸成していく過程の中で、常に相談者に寄り添っている伴走者である姿勢こそがネガティブ・ケイパビリティなのである。ネガティブ・ケイパビリティがないところには真の共感は育たないと言い換えても過言ではない。目の前の相談者と共に留まる力、それはキャリアコンサルタントが自分自身への対峙する能力であり、キャリアコンサルタントとしての覚悟なのではないかと思う。

寺田 陽子(てらだ ようこ)

寺田 陽子(てらだ ようこ)

ACCN 中部支部 副支部長
2級キャリアコンサルティング技能士
シニア産業カウンセラー
国家資格 公認心理師

外資系航空会社18年勤務後、キャリアコンサルタント、研修講師、カウンセラーとして独立。
企業内キャリアコンサルタント、カウンセラー始め、メンタルヘルス、キャリアマネジメント、コミュニケーション、ハラスメント、組織活性化プログラム、階層別研修等、企業のニーズにカスタマイズして実施。心療内科勤務経験より復職支援、メンタル不調者へのカウンセリングも実施。
組織で働く人々が活き活きとその人らしく働けるよう、組織や個人に対してのアプローチを行っている。 

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