キャリアコンサルティング協議会は国家資格「キャリアコンサルタント」の試験機関および指定登録機関と、国家検定「1級・2級キャリアコンサルティング技能検定」の指定試験機関です。

マンスリーコラム

2023年2月号

「ネガティブ・ケイパビリティ」と私

ある学会の大会で話題となった、帚木蓬生著「ネガティブ・ケイパビリティ」を読んでみた。「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、「事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」とされている。著者はこの言葉が誕生し、発見されて日本に伝わった過程を自らのキャリアの紹介と共に鮮やかに描写している。まだ読まれていない方のためにこれ以上は本の紹介は控えておくべきかと思う。

自分の過去、現在、おそらく未来もこの言葉の概念に導かれているような気がしてならない。今から15年ほど前、長年勤務した組織でのキャリア終盤に、ある尊敬する先輩から次のような言葉をかけられた。彼は「君はもう(マーケティングとか財務とかの)得意なことは部下の人たちに任せなさい。そしてこれからは心理学をやりなさい。」というと、足早に帰って行った。当時その言葉で、自分の得意なことではもう組織に役立つことはなくなったのかもしれないと懐疑の念に陥り、片方で心理学という未知の勉強を始めるという不安とわずかな期待がいつも頭をよぎった。その後最後の2年半を過ごすことになる職場では、組織が大きくて自分の得意な部分は若いスタッフが専任で担当してくれていた。

今でも昨日のことのように思い出すこの出来事は振り返ってみると、まさに自分のトランジションだったと思われる。

早期退職後に地元福岡で困窮する人々の就労を支援する仕事に就くこととなった。それまでほったらかしにしていた心理学をいよいよかじり始めることとなる。当初は試験対策の勉強が登竜門となったが、首尾よく短期間のうちにいくつか合格してしまうと不安を打ち消す期待が高まってくる。そうした中で仕事のシーンでは業績(就労)を求める組織の目標とクライエントの心情との板挟みで苦悩する場面にたびたび遭遇するようになる。多くの仲間がそして私自身がこのことに直面していた。答えを目標数字の大きさやクライエントの所為にする事は簡単だったが、あるとき自分のカウンセリング技能のなさに気づく瞬間があり、それを機会にスーパービジョンの学習を始めることとなった。

現在は組織の中でスーパービジョンを引き受ける幸運に出会えたが、多くのカウンセラーにとって結果が出ないことに悩み苦悩する構図は昔と変わらない。暗中模索で進むカウンセラーに主に情緒的気づきやカウンセリング・スキルを手掛かりに指導と助言、支持と分かち合いが続いている。研修講師としての仕事のシーンでも、例えば退職前に実施する「中高年齢職員の意識改革のための研修」などでは、自分のトランジションに良く似た悩みで苦闘する受講者がいる。彼らがたどり着く自分なりの方策も様々で、その発表を聞くのが楽しみではある。

4年前に設立した私が経営する社団法人は、カウンセラーの仲間の仕事を作りその地位向上を目指すことを目的としている。仕事の一つに有料職業紹介事業がある。マッチングに追われてアタフタと話を聞くのではなく、「こだわりたい優先順位」や「成し遂げたい価値観」をじっくりお聞きして、ご本人が目指す自己実現像を共有できる企業様に橋渡しをする仕事にしていきたい。これもなかなか一筋縄ではいかない仕事だと理解はしている。

不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力=ネガティブ・ケイパビリティ―を主軸に定めて今後の事業を展開していかなければならないと思う今日この頃である。

棟居 秀信(むねすえ ひでのぶ)

棟居 秀信(むねすえ ひでのぶ)

日本キャリア・カウンセリング学会 認定スーパーバイザー
1級キャリアコンサルティング技能士
産業カウンセラー、消費生活アドバイザー

1953年生。学卒後電器メーカーにて国内販売部門、ユーザー接点部門を経験したのちに早期退職。福岡市就労支援事業(生活保護受給者就労支援)に8年間従事。定年退職後に一般社団法人カウンセリング・レビュー・ラボを設立、カウンセリング・スーパーバイザー、研修講師として活動中。

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