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マンスリーコラム

2024年7月号

【ゆるキャリ】第6回 なぜ、「ひろゆき」が支持される?その②「ひろゆき」は何を壊し、何を創造したのか?

■ 二宮金次郎をご存知ですか?

 突然ですが、みなさん、二宮金次郎をご存知ですか?昔の小学校にはよく銅像がありましたね。薪を担ぎながら本を読んでいる...という例のアレです。微かに記憶が残っている...という方もいるかもしれません。
 最近の小学校ではあまり見かけなくなりましたし、地域や年代にもよるようですが、小学校では「二宮金次郎」なる文部省唱歌も歌わされていました。戦前の尋常小学校から始まったようです。戦後は歌わせない小学校もあったとか。しかし、少なくとも1970年生の私は小学生の頃に歌った覚えがあります。

■ 唱歌「二宮金次郎」

いつまで歌われていたのかは謎ですが、参考までに、この歌詞、1番、2番だけ紹介しますね。

1番.
柴(しば)刈り縄ない 草鞋(わらじ)をつくり
親の手を助(す)け 弟(おとと)を世話し
兄弟仲よく 孝行つくす
手本は二宮金次郎

2番.
骨身を惜(おし)まず 仕事をはげみ
夜なべ済まして 手習(てならい)読書
せわしい中にも 撓(たゆ)まず学ぶ
手本は二宮金次郎
(出典:文部省唱歌)

 ちなみに、作詞作曲者は不詳です。文部省唱歌ですから、おそらく、御用音楽家が作ったものと思われます。つまり、当時は国民の手本は二宮金次郎である...という価値観があったのでしょうね。

■ いやあ、本当のところ二宮金次郎って何者ですか?

 さて、少々、二宮金次郎についてご紹介しましょう。二宮金次郎、成人後は二宮尊徳と称し、その少年時代は没落した、かつては富農だった家を支えたとか...。まだまだ、甘えたい年齢なのに、父も母も兄弟もみんなを「甘えさせる」立場になっていたようです。
青年期には生家を再興させ、成人後は農業経営のスペシャリストとして多くの農村を立て直した、などなど超人的な伝説の絶えない偉人です。現在の小田原市の出身ですが、最後は日光で亡くなったようです。
まさに歌詞の通りの人物です。みなさんはこの歌のような毎日を送っていますか?私はできていません。人ができないことをする、だから偉人なのです。偉人ですから、語り継がれるのも、歌になるのも納得ですね。

■ この歌詞、どう思います?

 ただ、この歌詞、どう思いましたか?今の価値観でよく見ると結構ヤバくありませんか?「小学生の皆さん、24時間、働きましょう、学びましょう!!」と言っているようなものです。Z世代風の表現をすると「ガチクソ、ブラックで草~」とでも言われそうですね。

 ですが、勝海舟曰く、「あんな時勢にはこういう人物が多く出る」と二宮尊徳を評していたようです。社会の混乱と貧困に苦しむ人々が多いご時世の中では、このような超人が必要とされていたのでしょうね。
私たちも、もしそういう時代だったら二宮金次郎になっていたかもしれません。宮崎駿氏のアニメ「未来少年コナン」も二宮金次郎に似て見えるのは私だけではないでしょう。困難な時代では、こういう人でないと生き残れないのかもしれません。

■ ごめんなさい、「ひろゆき」の話はここからです。

 なぜ、戦前の文部省がこのような唱歌を作り、推奨したのかは精神科医、中井久夫氏が『分裂病と人類(東京大学出版会、2013年)』という日本の臨床心理学における伝説的な書籍のなかで多面的に考察しています。中井久夫氏は日本の臨床心理学では最も尊敬されている精神科医の一人なので、興味のある方はぜひお読みください。
 ところで、表題が「ひろゆき」を謳っているにも関わらず、私がここまで二宮金次郎の話をしてきたことを疑問に思われるかもしれません。ごもっともです。ただ、察しの良い方ならもうこの答えがおわかりいただけたのではないでしょうか?そうなのです。Z世代が「論破王」あるいは賢者のように崇める「ひろゆき」が決定的に壊したのは、「二宮金次郎」を手本と崇める価値観なのです。

■ 「みんなのために」<「自分のために」

 二宮金次郎の生き方を要約すると「骨身を削って、人々を幸せにする。そうできないと存在価値がない。社会的に排斥される。逆に、そうすることができれば周りに喜ばれて、生きることを許される」という行動原理があります。
割と最近まで「みんな(会社)のお役に立ちたい」という努力が評価されてきました。1970年生まれの私も「真っ白になって会社色に染まる」ことが美徳だと教え込まれてきました。しかし、バブルの崩壊、就職氷河期、非正規雇用、個人事業主化の推奨、副業の推奨...などなど、価値観の変遷が続いたのがこの50年です。

■ Z世代には、「二宮金次郎」という偶像よりも「ひろゆき」という偶像

 このところ「みんなのために、がんばります」という価値観に賛同しても生活が保障されないかもしれない...という疑念が広がっているように思えます。そして、逆に言えば、この価値観に沿わなくても生きていけるロールモデルを若者は必要としていたように思えます。
2ちゃんねるで既存の価値観の一部を壊し、訴訟されてもあの手この手で逃げ切った「ひろゆき」さん、「二宮金次郎」的な人生観を一気に壊しましたね。
つまり、「ひろゆき」はその前の世代の「みんなのために」という価値観を決定的に壊したのです。そして、「自分のために」が「上等」で価値あることを広めたのです。ひろゆきさんには「それって個人の感想ですよね」と言われそうですが、学者の考察として「ひろゆき」を表現してみましょう。私なりですが、次のように言えるでしょう。
 "みんなが漠然と察していた「みんなのために」が報われない現実。そして、「自分のために」が結果論として生き残れる...という現実。そんな生き方を実証して不自由なく暮らし尊敬されている人物"
これが、Z世代が観ている「ひろゆき」という偶像と言えるでしょう。そう、「ひろゆき」という偶像が決定的に壊したのは「尊敬される二宮金次郎」という偶像なのです。

 さて、「ひろゆき」はキャリアコンサルティングを受けたい有名人、第2位でした。私は第1位のマツコ・デラックスさんは参考にすべきと考えていますが、偶像としての「ひろゆき」にキャリアコンサルティングを受けるべきではないと思っています。次回は、その真相を脳と心の科学、そして社会と人類の科学から考えてみましょう。(相談するということ実態調査2023年

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杉山 崇(すぎやま たかし)

杉山 崇(すぎやま たかし)

神奈川大学 人間科学部 人間科学科 教授
神奈川大学大学院 人間科学研究科人間科学専攻(臨床心理学分野演習担当教員)
専門分野:臨床心理学(心理療法・異常心理学・うつ病学), 産業社会心理学・キャリアコンサルティング, 感情・認知パーソナリティ心理学
学習院大学大学院人文科学研究科にて心理学を専攻。在学中から、障害児教育や犯罪者矯正、職場のメンタルヘルス、子育て支援など、さまざまな心理系の職域を経験した。
幼稚園児から高齢者まであらゆる年代のあらゆる心の問題に立ち会ってきた雑草系臨床心理士。並行して人づきあいと心の健康の研究を行い日本学術振興会特別研究員として国費の助成を受ける。
長野大学専任講師、山梨英和大学准教授などを経て、2013年から現職。
現在は、脳科学と心理学を融合させた次世代型の心理療法の開発・研究を行っている。

【杉山崇の目指すもの】
心理学でみなさんがハッピーになるお手伝いをしたくて,心理学研究者/心理療法家を目指しました。
人生は,みんな一人分いただいています。
必然的に,生きていける人生と,生きていけない人生が発生します。
現代社会では,何を生きて,何を生きないか,決めるのは私たち自身です。

自分で決められる現代社会(基本的人権とかいうもの)に感謝するとともに,
自分で決めなければいけない負担も私たちは背負っています。
ここから現代的な格差が生まれてきます。

こんなことを考えていたら,いつの間にか心理療法の仕事にたどり着いて,心理学の研究者をやっていました。
人生を楽しみたおすコツ,世の中をより生きやすくするコツご一緒に探しましょう。

コラムの感想等はこちらまで(協議会 コラム担当)

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